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CSRの意義

 「二重の利を取り、甘き毒を喰ひ、自死するやうなこと多かるべし」


 江戸時代の思想家で倫理学者の石田(いしだ)梅岩(ばいがん)の言葉です。1729年、梅岩は45歳のときに京都の借家にて、商人のあるべき心構えと行動に関する思想についての無料講座をはじめました。「石門心学」と呼ばれる思想の始まりです。元禄時代の余熱が残る当時、「商人と屏風は曲がらなければ立たない」といわれるほど商人は強く批判されていました。そこで梅岩は、「商人が利益を得るのは、武士が禄をもらうのと同じ」と唱え、商人が仕事を通じて利益を得ることは当然のこととしました。しかし、そのありようは冒頭の文が示すとおり、分を超えた利益をむさぼろうとすれば必ず自滅すると断じました。「実の商人は、先も立、我も立つことを思うなり」であり、相手方も自分をも生かすところを探すことに商人の本分があるとしたのです。この考え方は、近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」と並んで、日本における企業の社会的責任(social responsibility)の原点とされます。

 梅岩の時代から約280年経った現代、企業をはじめとした社会を構成する組織の社会的責任に関する国際規格ISO 26000が発行されました。これによれば、社会的責任の目的は「持続可能な発展(sustainable development)」に貢献することとあります。つまり、「持続可能な発展」の実現を目指すために、企業の社会的責任は社会を守る便(よすが)となることを国際社会が認めたのです。

 セキュリティ業界を含め、社会を構成するすべての企業は、この社会的責任から逃れられることはできません。ただ、防犯や防災に関する製品やサービスを生業とするセキュリティ産業は、企業利益と公益が直接的にほぼ一致する珍しい産業です。人や企業や社会を守る製品・サービスを作って売るという企業利益が、人や企業や社会の安心・安全を守るという公益に直結しているのです。世の中には星の数ほど多くの産業がありますが、ひとつの産業が生み出す価値(value)と公益とが直接的に一致する業種は多くはありません。

 しかしセキュリティ産業の社会的責任を考えるとき、「先も立」てることと「我も立つ」ことがほとんど同じ意味となるという考え方は、残念ながらまだ、社会においても業界自体においても認識されていないように思われます。企業活動における利益実現が主の目標で、社会的責任は従と考えている企業経営者はいまだ多いのが現実ではないでしょうか。安全・安心を売り物にするセキュリティ業界であっても、万一個人情報などの機密情報漏えいなどの事件を起こせば、悪意かそうでないかは別としても、利益実現を前にして結果的に二重の利を取り甘い毒を喰らったと世間に思われてしまうリスクがあることを常に認識する必要があるのです。

 このシリーズでは、世界的な課題である「持続可能な発展」を実現するために、企業はどのような社会的責任を果たすべきなのか、考えていきたいと思います。
(2010/12/10)