「君の瞳に乾杯(Here's looking at you, kid.)」
映画「カサブランカ」の名文句です。「カサブランカ」は、1942年、米国の第二次世界大戦への参戦後わずか六週間で制作された低予算映画で、同年11月26日に公開されました。
映画を観たことがない方でも、一回位はどこかでこの気障なせりふを聞いたことがあるでしょう。ハンフリー・ボガードがイングリッド・バーグマンに囁くからこそ成立する名訳ですが、英語のニュアンスは若干異なるようです。気障というより、運命的な再会を果たした恋人への不器用な想いがにじむセリフと受け取られているようで、本国でも米国映画協会が選ぶ名セリフベスト100で5位(2005年)に入るほど人気があります。
映画の舞台となる仏領モロッコの都市カサブランカは、当時、ナチス・ドイツから逃れてリスボン経由で米国に亡命するヨーロッパの人々が、必ず通過しなければならない寄港地でした。カサブランカを統治していたのは、1940年のナチス・ドイツによるパリ陥落後に成立した親独政府ヴィシー政権で、同時期、英国ではシャルル・ドゴールが亡命政権を樹立、BBCを通じて内外のフランス人に対独抵抗運動(レジスタンス)を呼びかけており、フランスのみならず、世界には親独と対独という二つの価値観が併存していました。
こうした時代を描いた「カサブランカ」を、当時の業界紙は「見事な反枢軸国プロパガンダ」と評しています。作品中、米国の敵国ナチス・ドイツを徹底的に悪役として描くなどプロパガンダ的なシーンが数多くあるのは事実で、レジスタンスを擁護する反独シーンもたくさん登場します。中でも有名なのが、ボガード扮するリックの酒場で「ラインの護り」をこれ見よがしに歌うドイツ士官たちに対抗して、イルザ(バーグマン)の夫ラズロが「ラ・マルセイエーズ」をバンドに演奏させるシーンでしょう。楽器だけの演奏だったはずが、いつしかその場にいた客全員の大合唱となり、ドイツ士官たちを追い出すほどに盛り上がります。ナチス・ドイツに愛国心で立ち向かう勇気を歌に託した名場面です。
このレジスタンスの英雄的指導者ラズロを演じたのが、ウィーン貴族の家に生まれたポール・ヘンリードでした。長身で優美な彼がイルザをエスコートする姿は本当に美しくて、リックのハードボイルドな魅力をも引き立たせる名脇役ではないでしょうか。そして、ストーリー上も名脇役となったラズロのモデルといわれているのが、欧州連合(EU)の父、リヒャルト・ニコラウス・栄次郎・クーデンホーフ=カレルギーです。
栄次郎という名が示す通り、リヒャルトは日本人の血を引いています。父は、明治期にオーストリア・ハンガリー帝国の大使として日本に赴任していたハインリヒ、母は、東京牛込の油屋兼骨董屋に生まれた青山光子で、二人の結婚は記録に残る届出された初めての国際結婚といわれます。
二人の次男として東京に生まれ、ボヘミアとウィーンで育ったリヒャルトが1923年、若干29歳で出版したのが「パン・ヨーロッパ」です。出版社は妻のイダ・ヨーラントが出資するパン・ヨーロッパ社です。ちなみに、欧州三大女優とよばれた十四歳年上のイダと学生のとき駆け落ちし、後に正式に結婚したリヒャルトは、光子から勘当されています。
リヒャルトのパン・ヨーロッパ思想の目的は、ソ連の軍事的侵略の危険に対処すること、ヨーロッパの経済的統合によって米国の大規模経済に対処すること、ヨーロッパの平和の三点でした。彼は、世界を英国、米国、ソ連、アジア、ヨーロッパの五圏に分けて考え、アメリカ合衆国のように、ヨーロッパをひとつに統合した欧州合衆国を設立することで、ソ連の軍事的脅威や米国の経済力に対抗し、ヨーロッパに平和をもたらそうと提唱したのです。この思想の根底には、中央ヨーロッパの民族的な複雑さにほとんど考慮しないで行われた第一次世界大戦の戦後処理への反発がありました。米国大統領ウッドロウ・ウィルソンが主導したヴェルサイユ体制によって分断された社会・経済関係の「再統合」を図るため、ヨーロッパ全体を一体的に捉えてひとつに統合するパン・ヨーロッパ思想は、一大センセーションを巻き起こし、リヒャルトは一躍ヨーロッパ文壇の寵児となりました。
(次回に続く;2011/11/10)
映画「カサブランカ」の名文句です。「カサブランカ」は、1942年、米国の第二次世界大戦への参戦後わずか六週間で制作された低予算映画で、同年11月26日に公開されました。
映画を観たことがない方でも、一回位はどこかでこの気障なせりふを聞いたことがあるでしょう。ハンフリー・ボガードがイングリッド・バーグマンに囁くからこそ成立する名訳ですが、英語のニュアンスは若干異なるようです。気障というより、運命的な再会を果たした恋人への不器用な想いがにじむセリフと受け取られているようで、本国でも米国映画協会が選ぶ名セリフベスト100で5位(2005年)に入るほど人気があります。
映画の舞台となる仏領モロッコの都市カサブランカは、当時、ナチス・ドイツから逃れてリスボン経由で米国に亡命するヨーロッパの人々が、必ず通過しなければならない寄港地でした。カサブランカを統治していたのは、1940年のナチス・ドイツによるパリ陥落後に成立した親独政府ヴィシー政権で、同時期、英国ではシャルル・ドゴールが亡命政権を樹立、BBCを通じて内外のフランス人に対独抵抗運動(レジスタンス)を呼びかけており、フランスのみならず、世界には親独と対独という二つの価値観が併存していました。
こうした時代を描いた「カサブランカ」を、当時の業界紙は「見事な反枢軸国プロパガンダ」と評しています。作品中、米国の敵国ナチス・ドイツを徹底的に悪役として描くなどプロパガンダ的なシーンが数多くあるのは事実で、レジスタンスを擁護する反独シーンもたくさん登場します。中でも有名なのが、ボガード扮するリックの酒場で「ラインの護り」をこれ見よがしに歌うドイツ士官たちに対抗して、イルザ(バーグマン)の夫ラズロが「ラ・マルセイエーズ」をバンドに演奏させるシーンでしょう。楽器だけの演奏だったはずが、いつしかその場にいた客全員の大合唱となり、ドイツ士官たちを追い出すほどに盛り上がります。ナチス・ドイツに愛国心で立ち向かう勇気を歌に託した名場面です。
このレジスタンスの英雄的指導者ラズロを演じたのが、ウィーン貴族の家に生まれたポール・ヘンリードでした。長身で優美な彼がイルザをエスコートする姿は本当に美しくて、リックのハードボイルドな魅力をも引き立たせる名脇役ではないでしょうか。そして、ストーリー上も名脇役となったラズロのモデルといわれているのが、欧州連合(EU)の父、リヒャルト・ニコラウス・栄次郎・クーデンホーフ=カレルギーです。
栄次郎という名が示す通り、リヒャルトは日本人の血を引いています。父は、明治期にオーストリア・ハンガリー帝国の大使として日本に赴任していたハインリヒ、母は、東京牛込の油屋兼骨董屋に生まれた青山光子で、二人の結婚は記録に残る届出された初めての国際結婚といわれます。
二人の次男として東京に生まれ、ボヘミアとウィーンで育ったリヒャルトが1923年、若干29歳で出版したのが「パン・ヨーロッパ」です。出版社は妻のイダ・ヨーラントが出資するパン・ヨーロッパ社です。ちなみに、欧州三大女優とよばれた十四歳年上のイダと学生のとき駆け落ちし、後に正式に結婚したリヒャルトは、光子から勘当されています。
リヒャルトのパン・ヨーロッパ思想の目的は、ソ連の軍事的侵略の危険に対処すること、ヨーロッパの経済的統合によって米国の大規模経済に対処すること、ヨーロッパの平和の三点でした。彼は、世界を英国、米国、ソ連、アジア、ヨーロッパの五圏に分けて考え、アメリカ合衆国のように、ヨーロッパをひとつに統合した欧州合衆国を設立することで、ソ連の軍事的脅威や米国の経済力に対抗し、ヨーロッパに平和をもたらそうと提唱したのです。この思想の根底には、中央ヨーロッパの民族的な複雑さにほとんど考慮しないで行われた第一次世界大戦の戦後処理への反発がありました。米国大統領ウッドロウ・ウィルソンが主導したヴェルサイユ体制によって分断された社会・経済関係の「再統合」を図るため、ヨーロッパ全体を一体的に捉えてひとつに統合するパン・ヨーロッパ思想は、一大センセーションを巻き起こし、リヒャルトは一躍ヨーロッパ文壇の寵児となりました。
(次回に続く;2011/11/10)